HOME>万松寺について>からくり人形「信長」

からくり人形信長

からくり人形「信長」は毎日、午前10時から2時間おきに18時まで、1日5回上演しています。
本堂の壁面、3階部分を見上げていただく形になります。
※雨や風などの天候や工事の状況により上演が中止となる場合があります。
  また工事の音で音声が聞きにくい場合もございますが、ご了承ください。

演目について

《第一場》
天文21年(1552年)万松寺で織田信長の父、
信秀公の葬儀が営まれた。
当寺開山大雲永瑞大和尚、僧侶約三百名と親族、家臣等が参列する中、
「乱暴者」「うつけ者」の評判どおり信長は喪主でありながら
無礼な装いで焼香の時になってようやく現れ、
こともあろうに抹香を手づかみにして信秀公の位牌に投げつけたのであった。

からくり人形は、この抹香を投げつける場面を再現しています。

そして舞台が回転して・・・


《第二場》
永禄三年(1560年)信長は桶狭間の戦いで奇襲に成功し、
今川義元を破って天下統一の場に登場した。
その出陣を前に
「人間五十年 下天の内をくらぶれば、夢幻の如く也、
一度生を得て 滅せぬ者の有るべきか」
と幸若舞を舞ったとされている。
この文言を愛した信長は、五十年に一年足らぬまま、
風雲の生涯を閉じたのである。

修復プロジェクトについて

万松寺からくり人形「信長」は八代目玉屋庄兵衛氏によって制作され、
1994年の本堂再建時に設置以来14年間動き続け、
大須のシンボルとのひとつとなっていました。
しかし、それが平成20年の猛暑で故障し動かなくなってしまいました。

早急に修繕し稼動させるべく技術者や職人に調査を依頼しましたが、プログラムが全て消えてしまい、
また制作担当者である八代目玉屋庄兵衛氏が他界され設計図もない状態で、
修復の見通しが立たず不本意ながら「故障中」の状態が続きました。

そして、2011年3月の東日本大震災の後、大須から日本を元気にしようと、このからくり人形の修復を決意。
当時の作者である八代目玉屋庄兵衛の名を継がれた九代目玉屋庄兵衛氏に依頼。
大須商店街連盟はじめ大須の各商店街組合の協力も得て、
4月からの調査の後に6月に修復作業に着手しました。
また、修復費用の調達および、修復に向けての気運を高めることを狙い、
「あっぱれNIPPONプロジェクト」 としてイベントや記念グッズ販売なども行いました。 

修復作業は当時の資料が不足していたり、部品の調達に苦労したりと順調ではありませんでしたが、
2011年内に修復を完了し、大晦日の夜にお披露目を行うことができました。

※写真はお披露目で起動スイッチを押す九代目と河村市長